10 卒業

陰性症状の最中、大地は高校へ通った。

身体が鉛のようで、ベットから起き上がるのも、立ち上がるのも、歩くのも、箸の上げ下げさえも、重そうだった。

めんどくさい。。。という言葉を発するのさえ、だるそうだった。

今日は起きれるだろうか?と思いながら声をかける。毎朝、数十分かかったが、大地は硬い表情のまま、制服を着て階段を降りてきた。

学校では、ずっと寝ていたと思う。3年生になってからできた新しい友だちはいない。

それでも学校に行き、帰宅すると寝た。夕飯を食べると風呂に入り、また寝た。

高校は、どうしても起きられない時には休んだ。

そんな繰り返しのある日、警察から電話がかかってきた。私は仕事から帰宅すると、まず大地が確かに家にいるか、ベットで寝ているか、を確認するのだけれど、家に入ってすぐの電話の音だったので、確認出来ていなかった。

「大地くんというお子さんはいますか?」「本日、こちらに訪ねてきました。ご病気か何かですか?」

突然の電話に、私の心臓はドキドキと音が聞こえるほどになった。

何かやったのか?

何かに巻き込まれたのか?

落ち着くように言い聞かせながら、「大地は息子ですが、何かあったんですか?」

話を聞くと、今日、大地が人を探しに警察署に来たというのだ。訪ねたのは、大地の妄想の中の警察官。

受付の人は、その名前の人はいないと伝えたという。もしかしたら、自分がこの部署に配属される前にはいたかもしれないけれど、もう3年になるけど、その間にその名前の人はいない、と。

私は、今後、大地に何かあった時に、警察署で把握しておいてもらってもいいのかもしれないと思い、病名は言わなかったが、「はい。病気があります。」と伝えた。

電話を切ると、すぐに大地の部屋へ行った。大地はいつも通り、ベットで寝ていた。

いつも通りの寝顔だった。

私は少しホッとして、その後すぐに、学校に電話をした。

担任の先生に聞いた。「今日、学校で何かありませんでしたか?」

すると担任の先生は、まるで予測していたかのように、申し訳なさそうな声で、ある教科の先生が、大地に向かって、「あと3回休んだら留年だから」と言ってしまったことを話してくれた。

それでか…。

大地は、妄想の中の警察官に会いに行ったのだ。

警察官の知り合いのあの人さえいれば、自分は病気ではないことが証明できると思ったのか…?留年という言葉に不安になり、心の支えを求めて、自分を信じて待っていてくれるあの警察官に会いに行ったのか?

心の内は分からないけれど、私はとてもとても悲しくなった。

担任の先生に、大地が警察署に行ってしまった事を話し、どうか、他の先生方にも統合失調症という病気について学んでもらえないか…とお願いした。担任の先生は、理解して下さっていることはわかっているが、大勢いる高校の先生たち全員には、行き渡らないのだ。

担任の先生は、2度とこのようなことのないよう、他の教員にも伝えますと、仰ってくださった。

統合失調症の生徒を受け持つということは、やはり大変だなと思う。本来の高校教師という仕事の、勉強を教えるとか、それぞれの進路を目指す子どもたちを応援しサポートするとかとは、まったく違う業務をしなければならない事になる。

私は、大地に余計な一言を言った先生に対し、悔しさがこみ上げてはきたが、担任の先生を責める気持ちにはならなかった。

大地が、重い身体で、慣れた通学路から離れたところにある警察署にまで行ってしまったことは、とてもショックだったが、何かに巻き込まれたわけでもなく、事件を起こしたわけでも、事故にあったわけでもない。

大丈夫!何も変わらないのだ。

そう言い聞かせた。

夜の散歩の時、大地に、今日何かあったかと聞いた。すると大地は、興奮した口調で、「やっぱり◯◯さんは、いたよ!」と言った。

大地の中で、おそらく、警察署の受付の人が言った、「私が来てからはいない。」という言葉は、「私が来る前はいた。」という、自分にとって都合の良い解釈になってしまうらしい事がわかった。

「やっぱりいた。。。」と、繰り返して呟く大地に、私は何も言うことが出来なかった。

それからも、息子はほとんど毎日学校へ通った。

朝は、特に辛いようで、相変わらず身体に鉛でも付いているかのようなぎこちない動きだったけれど、時間になると制服を着て降りてきて、軽くご飯を食べて、鏡の前で身だしなみを整え、自転車を車に積み込み、私の運転で学校へ行った。
学校のそばまで行くと、自転車を車から降ろし、
「いってらっしゃい」というと、「お~」と言って、 自転車を押しながら、学校へ向かった。
雨の日は、自転車に乗ってはいけないと、主治医の先生から言われていたから、そんな日は帰りは電車を乗りついで帰ってきた。人ごみは苦手らしく、できるだけ電車より自転車が良いと思っていたのか、ある日、雨の中を自転車で帰ってきたらしく、途中で転んですり傷やら打ち身やら、怪我をして帰ってきたことがあった。
薬の副作用のためか、反射神経もそうとう鈍くなっているらしい。
雨の日はのっちゃだめだよと念を押した。
こうやって、息子は、学校に通い続けた。

当然だけれど、テストはまったく出来なかった。課題を出してもらい、補習を受けて、主治医に診断書を書いてもらった。

そして、大地は高校を卒業する事ができたのだ。

卒業式も、行った。

休みたいという大地に、最後だから、母さん、先生に挨拶したいし。行こう!と、始めて私が、無理させて連れていった卒業式だった。

自分や他の子どもたちのものを含めて、今までもらった卒業証書や賞状の中で、こんなにも嬉しかったものはなかった。

高校の卒業式で、おそらく私ほど、表面的な涙以上に、心で泣いていた母親はいないだろう。

人間は感情の動物だと言われている。

喜怒哀楽があるからこそ、人間なのだと言える。

統合失調症の息子と暮らすということは、その喜怒哀楽を、他の人よりも存分に感じることができる。

ある意味、生きているという実感を味わえるのかもしれない。

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コメント

  1. すず より:

    はじめて拝見させて頂きました、娘も統合失調症で15年になります。20歳で発症3回の入院今はクロザリルを飲んでいます、色々難しい事もありますが、無理されませんように!

    • 森の民 より:

      すずさん、
      この病気は、先が長いですね。
      おそらく、一生、私は何かしら心配し続けるんではないかなと、覚悟をしています。
      薬を飲んでいても再発することはあるようですし。

      少し良くなってくると、つい期待してしまう事があります。その度に、慌てない慌てないと、自分に言いきかせています。

      寛解までの道のりはまだまだ見えてきませんが、ゆっくり進めたらなと思います。

      コメントありがとうございました。

  2. 向日葵 より:

    本当に感動的な卒業式だったと思います。
    私の弟も統合失調症で10代で発症し、現在46歳措置入院中です。
    弟は定時制高校を5回も入学しましたが卒業出来ませんでした。
    もっと手伝って卒業させていれば、自信がついたのかなと思います。
    喜怒哀楽を、他の人よりも存分に感じることができると書かれていて、そんな考え方もあるのかとびっくりしました。
    これからも更新、お待ちしてます。

    • 森の民 より:

      向日葵さん
      コメントありがとうございます。

      私は母なので、息子が幸せになるために、できることを何でもしたいと思うのですが、姉である娘も、同じように子どもなので、幸せになってほしいと思います。もしも娘が、息子のために自分の生活や人生を犠牲にしてしまったら、それも悲しいです。

      弟さんが発症したのは、私の幼なじみが発症したのと同じ時期だったんだなと思います。まだ、今よりも発症のメカニズムがわかってなくて、薬も副作用の強いものしかありませんでした。
      周囲の理解も情報も、今よりもなかったと思います。そんな中、5回も定時制高校に入学…というのは、すごく頑張ってこられたんだろうなと思いました。その時々で、できる限りのことをしてきたんですね。
      今も、こうして弟さんのことを気にかけていらっしゃるお姉さんがいて、弟さんは幸せだな〜と思いました。
      これからもよろしくお願いします。